No.7 「キリストの弟子は、どんな訓練をするの?(3)」

 

 

 

◇◇訓練(その2):聖書通読◇◇

 

 

 

前回は「お祈り」の訓練について話をしましたが、今回は「聖書通読」の訓練について話したいと思います。皆さまもすでにご存知のように、聖書全巻(66巻)は、イエス・キリストを証するものであり、そしてまた、私たちクリスチャンを永遠の命に導くためのものでもあります。ヨハネの福音書の中で、「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。」とイエスさまが言われている通りです。このことからも、日々聖書を読むことはとても大事だと言えるでしょう。また、いつか話す予定ですが、メッセージを語るというときに、「聖書通読」無しでは、到底無理です。みことばを知らないと、メッセージにならないからです。

 

 

 

そして、神さまの御心や天の御国に入るための基準を学ぶために、「聖書通読」は不可欠です。どうすれば天の御国に入れるか?ということを知らなければ、天の御国のことに則して歩むことはできませんよね?全く関係無い方向を歩んでしまう、なんていうことにもなりかねません。はたまたみことばをきちんと理解していないために、ひょんなところでひっくり返されてしまう、なんていうこともあるでしょう。たとえば聖書には、クリスチャンが艱難を通ることがあちこちに書かれているのですが、「艱難前携挙説」を盲信して備えを怠ってしまったら、どうなるでしょう?本来聖書の示している方向とは、別のところを歩んでしまうことになりますよね?そうすると、天の御国は危ないのでは?と思われます。そういうことからも、当教会では「聖書通読」の訓練をお勧めしています。

 

 

 

「うん、それだったら、何とか聖書通読をしていこう!」と決意されたあなたに、さらにお勧めしたいと思います。年に2回~3回のペースで、通読していきましょう。そうするには、「一日、10章以上」が目安になります。創世記からヨハネの黙示録までの通読を、ひたすら繰り返していくのです。「好きなところだけではダメなの?」と言われる方もいるでしょう。かつての著者もそうでした。特に旧約聖書は自分とは関係ありません、と言わんばかりに、ほとんど読むことはありませんでした。しかし、聖書通読を実践するようになって、分かったことがあります。それは、聖書は何度も繰り返して読まないと、全体を通して神さまが何を語っているのかが、なかなか見えてこないこということです。「ここでは、ああ言っている、でも、あそこではこう言っている」なんていうことにまず気付いて、神さまが私たちに何をどのようにして欲しいのか?ということが少しずつ分かるようになっていきました。なので、ある一部分だけを読んで、理解したつもりであっても、じつは違っていた、なんていうことがある、ということに気付いたのです。

 

 

 

また、当教会の牧師も言われていたことですが、新約時代を生きる私たちクリスチャンが旧約聖書を読むのは、過去のことから教訓を受けるためでもあるのです。いわば旧約の神の民の失敗から教訓を得て、同じ過ちや失敗を回避するためでもあるのです。逆に、祝福や恵みに入るためにはどうすれば良いのか?についてのヒントを得るためでもあります。私たちクリスチャンの信仰の先祖であるアブラハムやイサクやヤコブをはじめとする天の御国を受け継いだ預言者たちから、歩みを学び、それに倣うためなのです。そういうことも視野に入れて、通読していくことは大事かと思います。なので、当教会の牧師がお勧めしている「聖書通読」は、非常にポイントが高いと思いましたので、皆さまにもお勧めするのです。

 

 

 

そしてこのことも当教会の牧師が言われていたことなのですが・・・「聖書通読は、回数が鍵です。たとえその時に意味が分からなくても、とにかく数を読むことが大事です。そうしていくうちに、理解できなかったことがだんだんとできるようになったり、見えていないものが次第に見えるようになっていきます」ということを、弟子の歩みをする人たちにお勧めしていました。このことも実践してみた結果、その通りだと思いました。なので、一日1章、あるいは数節しか読まない、というのでは、残念ながら厳しいと思います。もちろんはじめは数節からでも良いと思うのですが、お祈りの訓練と同じく、次第に数を増やしていきたいと思います。そして最終的には「10章以上」を目安としていきましょう!

 

 

 

以上、今回は「聖書通読」の訓練についてお勧めをしました。よろしければ、こちらもぜひ実践してみてください。それこそ使徒の働きに、「みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです」ということが書かれていますので、聖書通読のことも、ぜひお勧めいたします。